-5-

皮膚からやんわりと浮き上がった半透明の皮は、
蛇などの爬虫類が脱皮するときに似ている。
天気のよい日で、風も弱い。

昨日は小雨が降っていて作業に向かないからと、
むず痒いと抗議する竜をなだめるのに労を要した。
それが今日で終わるとあって、竜もごきげんである。
何より、終わったら照り焼き肉を買いに行く約束をしている。

「むずむずする」
「本当にがまんできなくなったら言って。休憩をとるから。」
「うん…」
「そうでなくても、折を見て休憩を挟むよ。
 でも、休憩は少ないほうが早く終わるからね」
「うぅ…」
「言っただろ。終わったら照り焼き肉を買いに行く。綺麗に剥げたら、生姜蜜いりの炭酸水も注文する」
「ううぅ…」

脱皮しかけた竜のしっぽは、ところどころ皮膚から剥がれかかっているが、
ところどころ古皮が、新しく柔らかいもちもちとした皮膚にくっ付いている。
このまま引っぱって剥がせば、皮膚に皮が取り残されて破けてしまう。
竜皮は、皮一枚が繋がっている範囲が広いほど高値がつく。
買取を請け負う職人たちの目は厳しく、
傷ひとつで本来の値段が下がることは避けたかった。

紙のように薄いがよく切れる「龍捌」と呼ばれる職人仕様の小型ナイフを、少年は器用に滑らせた。
しっぽの先が尖った竜は、尻尾の先端が擦り切れて穴が空きやすい。
新しい傷をつけることを避けるため、もとからあった傷をそのまま利用してできる限りちいさな穴を空ける。
注ぎ口のついた瓶に液体を入れ、少しずつ液体を入れていく。

少年の慎重な様子をみて、背中越しに竜は声をかけるのを我慢した。
おしゃべり好きの竜である。この対価は高くつく。主に肉屋で。



「つめたっ」

ちいさく体を震わせて竜がうめく。
事前に少年は、このくらいの冷たさだから、と液体を
しっぽの先端から付根まで液体が落ちる。
縁日で金魚を入れた水槽袋のような状態で、
液体が染み込んでいない竜の皮は破けやすいため、
できるだけ地面に着けない。竜には頑張ってもらう。
袋状になった古い皮を充たすまでひたひたに液体を入れたら、
皮が裂けないように穴を糸で結んで一時間ほど待つ。
竜の体には負担が掛かるから、昨夜はいつもより早く休み、たっぷり眠った。

「ねえ」
退屈そうにそっぽを向きながら竜は少年に問う。
「トイレ行きたーい…」
「え」
「飲みものは控えたし、トイレはさっき行ったのに?」
「…しっぽが冷えたからかなー」
「え、まって、本当っぽいこと言わないでよ、まって、うそ?ほんとう?どっち?」
「…うそ」
「やめてよ本当に!焦っただろ!」

けらけらと竜が笑っている。
少年が慌てるさまを見ると満足げにする癖がある。
その機会をちらちらと伺っていることに、少年はうすうす気づき始めていた。
このままいたずら好きの竜に振り回されては良くない。

「いいよもう。
 嘘だって見分けがつかなくて困るのは君だからね。
 本当に行きたくてもさせないからね。
 ここで漏らせばいいよ」
「え、ちょっと待って」
「狼少年の話を知ってる?」
「は、何?おおかみ?」

とくとくと狼少年の話をしたところで、竜はぞっとした顔をした。
少年は読み聞かせが村でいちばん上手かったので、自信があった。
怖がらせる話は特に。
「うん、わ、わかった、嘘はつかない」
怖くないぞ、といった表情を取り繕いながら、
聞き終えた竜は自分に言い聞かせるように腕組みをして大げさに頷いている。

「よしよし」
「でも」
「大事な時はつかないってことにしていい?」
「慌ててるの、見るの面白いから」

両頬をめいっぱいつねって抗議する。
竜の頬は人間と変わりないらしい。

「いひゃ、いたいいって!」
「うるせー!」

少年は道具を整備していたし、竜は退屈そうにそれを眺めている。
器用で単調な作業だが、竜には向かないだろう、と自覚していた。
少年の指先が正確に道具を磨き上げていくのを見るのは、ふしぎと心が落ち着く。
動いてはいけない、という状況下ではちょうどよい暇つぶしとも言えた。


「なんか料理されてる気分」
「それは…」
言葉を詰まらせる少年に、龍は目を向ける
「僕も思った」

二人がくすくすと笑う。お腹が鳴る。



「綺麗な刃物だね。」
「危ないからあんまり触らないで。」
「そこまで子どもじゃないよ…。」

自分の脱皮を切ったナイフを興味深げに眺め、ペラペラと撓らせて遊んでいる。

おうせきそう
鴨跖草と霞草を煮詰めて、月の光に晒す。
古い皮と新しい皮膚を剥離させる成分が消えてしまうのを防ぐため、
太陽光は直接当ててはいけないので、夜明け前に木のくぼみに隠す。
手のかかる薬だが、少年が知るかぎりもっとも安全で確実な皮の採取方法だ。
肌から浮きかけた竜皮は鱗のかたちがきめ細やかな模様になって残っている。





前 | 次